スターリンはこの情報を事前に掴んでいた

1941年6月22日、アドルフ・ヒトラーは協定を破棄してソ連に侵入した。

スターリンはこの情報を事前に掴んでいたが、ソ連は戦争に耐えうる状況ではなく、誤情報であると頑なに信じようとしていた。

そのため、ソ連はドイツの侵入に対する準備が全くできていなかった。

幾人かの歴史家によれば、スターリンは攻撃開始後も事実を認めることに気が進まないように思われ、数日間は茫然自失の状態だったという。

ドイツ軍は開戦初期にソ連領内に大きく進出し、何百万ものソ連兵を殺害もしくは捕虜にした。

スターリン自身が行った赤軍将校の大量粛清はソ連の防衛力を著しく衰弱させていた。

その結果スターリンは彼の30年間の統治下で二度国内への演説を行った。

最初は1941年7月2日、二度目は11月6日である。

2度目の演説で彼は35万の兵士がドイツの攻撃によって戦死したが、ドイツ軍は450万人の兵士を失いソ連の勝利は目前だと話した。

東方に配備していたシベリア軍の対独戦線への投入、ヒトラーの度重なる目標変更。
update:2010年02月26日